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小野毛野

 おののけぬ・?~和銅7年(714)
 7世紀末の官人。小野妹子の孫、毛人の子。子に小野老・小野田守がいる。
 持統9年(695)7月に伊吉博徳と共に遣新羅使に任ぜられ、新羅へ渡航した。文武4年(700)10月、太宰府の筑紫大弐となり外交関係で活躍した。大宝元年(701)に発足した律令制度のもとでは国政に参画し、大宝2年(702)5月、大伴安麻呂・粟田真人・高向麻呂・下毛野古麻呂とともに参議(令下官(りょうげのかん)の一つ)に就いた。慶雲2年(705年)11月、中務卿になる。和銅元年(708年)3月に中納言になる。この年、元明天皇から穂積親王以下の重臣とともに、子々孫々栄誉ある地位を保って天皇に任えるようにとの勅を受けたことをみると、元明天皇の時代には重んじられていたことが知られる。元明天皇の下で遷都が行われた平城京は小野氏の本貫地に近く、遷都計画にも毛野は深くかかわっていたのかもしれない。奈良県天理市和爾町の願興寺を創建した。
 和銅7年(714)4月15日薨去。最終官位は従三位中納言兼中務卿・勲三等だった。彼の時代、小野氏は朝廷で最も高位にあった。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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