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小野毛人

 おののえみし・?~天武6年(677)
 小野妹子の子。天武朝に仕え、納言の職にあって後の刑部卿で正四位に相当する地位にあった。京都市左京区上高野西明寺山に墓がある。毛人の経歴の詳細については不詳であるが、天武朝の元で太政官をつとめ、刑部大卿を兼務していた。冠位は大錦上(冠位26階中7位で人臣の最高位。冠位十二階の最上位である「大徳」に相当)であった。
 慶長18年(1613)に現在の京都府京都市左京区上高野にある崇道神社近くの山の石室の中から1枚の「位牌」が発見された。これが毛人の墓誌で、現在国宝に指定されている。その後、墓誌は元の墓に納められたが、明治年間に盗難にかかったこともあって、大正3年(1914)に保存のために取り出された。墓誌は鋳銅製で、文字は両面にあり、文字を刻んだ後に鍍金している。毛人は天武6年(677)12月上旬に葬られたが、この墓誌が作られたのは後年のことである。墓誌には「小野毛人朝臣之墓」とあるが、小野氏に対して「朝臣」というカバネが与えられたのは天武13年(684)である。天武6年(677)の時点では朝臣というカバネはなかった。
また、「大錦上(だいきんじょう)」という官位も死亡時のものではない。『続日本紀』には、毛人の子である毛野が亡くなったときの記事に「小錦中(冠位26階中11位)毛人の子なり」と記されている。したがって大錦上という位は持統朝(687~697)以後に、毛野の功績に報いるために、父に追贈されたものと考えられている。墓誌は690年代の回忌供養のときに追納されたと思われる。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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