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Passport for Pangaea(角川NEXT賞最終選考作品)~第1章・10

   2

 平日の昼間に外出するのは好きではなかった。学校へ通っていないことに後ろめたさを感じていたからだ。街中を歩いていようと、マクドナルドやロッテリアでハンバーガーを食べていようと、ねちねちと注意をしてくる大人はいないので平気だったし、永野の小鳥屋「鳥永」で働くのは楽しかったが、劣等感を拭うことはできなかった。鳥永は毎週水曜が定休日なので、火曜日の夕方にアルバイト代で雑誌や漫画を買いこんで、水曜日は家から一歩も出ずに読みふけるのが生活パターンになっていた。
 この日も水曜だったが、服を買いに行かけなければならなかった。アザラシが大きくプリントされたTシャツが破れてしまったのだ。佳恵に頼めばTシャツくらいは買ってきてくれるが、佳恵が選んでくる服で気に入ったものはいままで一つもなかった。自分で服を買うためヴィーナスフォートへ出かけることにした。ヴィーナスフォートは家から二キロほどのところにあるショッピングモールだった。
 ピンクのポシェットを片手に外へ出ると、駐輪場で同じメゾン東雲に住んでいる老人にでくわした。禿頭にベレー帽をかぶり、くたびれた黒い手提げ鞄を持っている。メゾン東雲は三階建てで各階には二部屋ずつあり、合計で六世帯が入居している。しかし純香はこのベレー帽の老人がどの部屋に住んでいて名前がなんなのか、知らなかった。もしかすると隣の部屋の住人なのかもしれないが、そんなことに興味はなかったし、知る必要もなかった。知らなくても困ることはひとつもない。ベレー帽の老人とすれ違っても当然のように挨拶もせず、視線もあわせなかった。老人も純香と同じように思っているのだろう、そそくさとメゾン東雲へ戻っていった。
 駐輪場から白い自転車を引っぱり出す。
 ペダルを踏みこみ、風を切って走った。
 大通りに出て国道三五七号にさしかかるあたりから街の雰囲気はがらりと変わる。電線や電信柱、一般の商店、幟や看板が姿を消し、ガラス貼りの高層ビルが現れた。流線形の建物には幾何学模様のロゴマークが赤や黄色に光っている。土地が余っているのか建物同士の間隔が広く、雑草が生い茂る空き地も多かったので遮蔽物が少ない。羽田空港へ降りようとする旅客機が一機、広々とした空を横切っていた。
 信号を右折する。片側三車線の道をコンテナトラックやユニック、タクシーが猛スピードで行き交う一方、歩道には人の姿がまるでない。車が赤信号で止まると地鳴りのような騒音がぴたりと途絶え、街は不気味な静寂に包まれた。レンガ敷きの歩道は広く、車道との間には枝を短く刈られた街路樹や植えこみが等間隔に並んでいる。道路の上にはゆりかもめの水色に塗装された鉄筋の桁が真っ直ぐに伸びていた。
「あけみばし」に差しかかった。両脚に力をこめ、長い上り坂を一所懸命のぼる。橋の下には水路があり、ボートが白い航跡を残して隅田川の方へと北上していく。水路の南の埠頭には大きな貨物船が停泊し、陸にはオレンジや青のコンテナが積木のように何十個も積み重ねられていた。自転車が橋の頂上へ辿りつくころにはふらつくほど疲れていたが、さらにペダルを踏みこんだ。スピードがあがったところで橋は下り坂になり、自転車はどんどん加速した。風の鳴る音が耳元に響く。片手をハンドルから放して胸を張った。ショートヘアが巻きあげられ、シャツの裾がはためく。真夏の陽射しを切り裂く鳥になったようだった。

テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

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Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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