FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Passport for Pangaea(角川NEXT賞最終選考作品)~第1章・5

「オッチャン!」
 純香は笑顔を浮かべた。永野は何ヶ月もクリーニングに出していないようなよれよれのスーツ姿だった。浅黄色のネクタイは緩み、白髪交じりの無精髭をぼうぼうに生やしている。永野の姿は淡い月明かりに照らされ、シルエットになっていた。
 永野は線のように細い目をさらに細め、純香の隣の砲台跡に座った。
「いま、純香の家に顔を出したらお母さんがダイニングテーブルで頭を押さえながらぼんやりしてた。どうしたのか訊いたら純香が飛びだしたって言うからさ、たぶんここにいるだろうと思ったんだよ。純香は子供のころからなにかあると第三台場へ逃げこんだからな」
 お台場海浜公園はデートスポットとして有名だったのでボードウォークの砂浜には深夜になってもカップルの姿がちらほらあったが、第三台場へ足をのばす男女はほとんどいなかった。松の樹が等間隔に植えられ、雑草が生い茂り、すべてが粘りつくような暗闇に包まれている。純香でさえ普段の夜は近づきたくないくらいだから、カップルが気味悪く思うのも当たり前だった。しかしおかげで、夜、一人になるのにこれほど適した場所もなかった。
「友達がいないから、誰かの家に逃げこむことができないんだよね」
「友達ならここにいるだろう」
「そうだね。オッチャンはあたしの数少ない友達の一人」
「四十も歳が離れているがな」
「歳なんて関係ないよ」
「おっ、いいね。それってプロポーズの言葉に聞こえるぜ」
「ばーか。オッチャンとなんか、誰が結婚するもんか」
「独身の男と女なんだから、いいじゃないか。純香ももう大人なんだし。いっひっひ」
「やだやだ、絶対やぁだよ! 近寄るな、セクハラオヤジ!」
 永野がふざけて抱きつこうしてきたので慌てて砲台跡から立ち上がった。永野は女には見境がなく、純香にちょっかいを出すのはもちろん、鳥永へ来る女性客や道を歩く主婦、OL、女子大生などにもいやらしい目を向けてばかりいる。これさえなければいい人なのに、と純香は胸の内でため息をついた。
 永野は微笑とも苦笑ともつかない笑顔を浮かべ、砲台跡に再び腰を下ろした。
「さてと。お母さんとなにがあったんだ。喧嘩するなんて珍しいじゃないか」
 永野は佳恵から戸籍の話を聞いていないようだった。純香の気分はまた塞いだが、永野になら話してもいいだろうと思った。永野は幼いときからなにかと面倒をみてくれたし、悪いことをしても一度も怒られなかった。スーパーで文房具を万引きしたときも、ゲームセンターで女子中学生と喧嘩になったときも、佳恵は怒ったが永野は「まあいいじゃないか」と笑っていた。自然と永野に心を開くようになり、佳恵には言えない秘密も永野にはよく話したし、永野も純香の話を親身に聞いてくれた。

テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL



プロフィール

asagiri

Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。