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Passport for Pangaea(角川NEXT賞最終選考作品)~第1章・1

第一章

   1

「あたし、本当にお母さんの子供なの?」
 純香はショートヘアの毛先を指でいじりながら、何気なく訊いた。エアコンから流れでる冷たい空気が首筋を撫でる。ドーナツ型の蛍光灯は寿命が近いのか時折ちかちかと明滅していて、夜の闇を拭うには光が弱々しい。テーブルの下からは蚊取りマットのにおいが漂っていた。
 キッチンで夕食の後片づけをしていた佳恵が振り向き、驚いたように目を見開いた。長い顔をしていて、伸ばした髪を後ろでまとめあげているので、馬に似ていた。
「どうしたのよ、変なこと言いだして」
「答えて」
「間違いなく、純香はお母さんの娘よ。目元なんかそっくりじゃない。なんだったらDNA鑑定をしてもらったって構わないわよ」
「本当に?」
「当たり前でしょ。娘で悪ければ閨女よ」
 閨女とは中国語で娘という意味だった。
 佳恵は中国福建省出身で、純香が生まれる前に日本へ渡ってきた。いまは千葉佳恵と名乗っているが、本名は張佳楽だった。日本では、日本の名前を名乗っている方が生活するのに都合のいいことが多いらしい。純香の本名は千葉純香だが、張純香という中国名ももっているのだという。「あたしは中国人なの? 日本人なの?」と訊いたことがあったが、佳恵に「日本人で、名前は千葉純香よ。ただ中国で生活するときは張純香と名乗った方が便利よ」と説明された。自分が日本人かどうかはどうでもよかったが、曖昧なのはいやだったので、日本人であるとはっきりしたことにほっとした。しかし純香は中国へ行ったことなどなかったので中国名を持っているのは不思議だったし「中国で生活するときは便利」と言われても海外で生活するなんて想像もできなかった。
 閨女という佳恵の言葉が信じられず、顔をしかめた。
「お母さん、嘘ついてる」
「なんでよ」
「そんなわけないもん」
「どうしてよ」
 純香は答えず、ダイニングテーブルに頬杖をついてそっぽを向いた。傷だらけの柱が目に入る。築十年の1DKのアパートなので天井にもうっすらとしみがついている。ダイニングの床もへこんだり傷んだりしていたので椅子に座っていても不安定で、ちょっと重心を移動させるだけで椅子の脚がガタガタと動いた。アパートも江東区の東雲にあるから「メゾン東雲」という安易な名前で時代遅れだった。

テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

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asagiri

Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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