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氏・姓・名字・苗字・4

 平安時代後期になると律令制が崩壊し、荘園の管理や自ら開拓した土地・財産を守る武装集団である武士が出現した。地方では在地の領主や中央から下ってきた官人により所領が盛んに開発された。自家の権威を示すために旧来の氏を用いながら、自分が支配している土地(名)の所有権を主張するために氏や姓とは別に地名を名字として名乗った。名字は元々名字と呼ばれ、中国から日本に入ってきた字の一種だったと思われる。荘官であれば荘園の名称、郡司であれば郡の名称を名字とする者も現れた。
 逆に、荘園制度によって土地を所有した名主はそれを表明するため土地に自分の名をつけた場合もある。所有地を名田と称し、所有地の字名を家名とする風習が生まれた。家名を名字と呼び、仮名・呼名ともいわれた。平安時代初期に描かれた日本最古の説話集『日本現報善悪霊異記』に、紀伊国伊刀郡人文忌寸を上田三郎と称した例がある。上田は伊刀郡上田邑の地名、三郎は三男の意味である。このように名字は字の一部分として発生し、さらに字から分離独立したものとされる。
 古代の氏族制度が律令制へ移行した後に、氏族格式よりも家系や家族が重要になり、従来の氏でも家を区別する必要がでてきた。藤原氏でも北家と式家、北家の中でも道長・頼通流とそれ以外のように同じ氏でも格の違いが現れている。家を表すために出身地を名字とした場合もある。
 family nameを一般論として語る場合に血統姓・地名姓という概念を用いることがある。名字は、少なくとも起源においては地名姓で、血統姓である姓氏と対立する。日本人が単位人口あたりのfamily nameの数が世界一多いと言われるのは、地名姓が発達したためである。中国や朝鮮は血統姓を守りつづけたのでfamily nameの種類が少ない。
 もっとも名字のすべてが地名姓ではない。地名と血統を組みあわせた名字(藤原姓に由来する「~藤」という名字など)や、役職に由来する名字(少弐氏など)もある。
 平安時代の公家の号は主としてその公家が住む地名をとって呼称としたものだが、男子が結婚して妻の家に住んでいた間は代々号が異なった。

(藤原)閑院冬嗣 -- 一条良房 -- 堀川基経 -- 小一条忠平 -- 九条師輔

 平安時代後期、家長の住居である本第を中心にして代々一家の本拠地が定まってくると、号も世襲され名字と規定された。近衛・九条・三条・勘解由小路などは本第の地名、山科・醍醐は山荘のあった地名、西園寺・徳大寺は祖先が建立した寺院名による。

テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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