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戸籍・5

 明治5年(1872)2月1日に戸籍法が施行され、日本で初めての本格的な戸籍制度が開始された。この年の干支が壬申だったことから壬申戸籍と呼ぶ。
 封建社会を打破し、中央集権を目指す明治新政府において「家」間の主従関係・支配関係の解体は急務だった。新政府は戸籍を復活させ、家単位ではなく戸単位の国民把握体制を確立した。「家」は国家体制とは関係ない私的共同体とされ、新政府は家を通さずに個人を支配できるようになった。しかし個人単位の国民登録制度ではないため、婚外子・非嫡出子問題などの戸に拘束された社会問題も現れた。
 江戸時代の宗門人別改帳に代わり、壬申戸籍では戸を単位に集計した。記載内容は、地番・地所の所有の有無・士族平民の別・禄高や職業・戸主の父・戸主名・続柄(妾・附籍者を含む)・身分事項・氏神・旦那寺などだった。身分事項欄には発生ごとにありとあらゆる個人情報が登載された。身体欠陥・犯罪歴・死亡した場合の病死事故死の別・伝染病にかかっていたら病名などである。病歴・犯罪歴などの記載があることから、職業によっては誤解を招く可能性も指摘された。
 皇族・華族・士族・卒族・郷士・旧神官・僧・尼・平民などの職業も記載様式に含まれており、華族・士族は主に禄高、平民は農工商雑と記され、業種も記載された。本籍は住所地で、身分とともに住所も登録したことから現在の住民基本台帳の役割も担っていた。江戸幕府の国別人口調査と異なり、全国一律で集計した点も画期的だった。天皇と皇族は戸籍ではなくて皇統譜に記載された。
 宗門人別改帳の性質を残すため、寺・氏神の記載もあった(明治18年(1885)廃止)。妾も二等親族として戸籍への登載を認められた(明治15年(1882)廃止)。使用人・家来などの他人でも養育している者は附籍として養育する者の戸籍に登載されていた(明治15年(1882)登載禁止。明治31年(1898)廃止)。
 被差別部落民は賎民解放令に基づき平民に編入されたが、一部の地域では壬申戸籍の職業欄・身分欄に新平民・元穢多・元非人などと記載され、差別は色濃く残った。一部は明治19年式戸籍や身分登記簿にも登載された。
 明治5年(1871)の戸籍法は不備が多く、たくさんの機能(印鑑証明・地券など)をもたせたため複雑になった。必要要件さえ記載されていれば様式も特に設けられなかったので地方によって書式に差が生まれた。6年に1度改編する規定も大区小区制施行と併せて実施された1回程度だった。明治11年(1878)以前は基本的に戸籍を戸長が管理し、郡村制施行後は役場が管理した。
 明治19年(1886)に壬申式から統一書式を用いた戸籍へ変更され、11月より徐々に移行された。本籍地は住所のままだが、住所が屋敷番から地番に変更された。除籍制度も設けられた。
 明治31年(1898)7月16日にも新しい戸籍法が施行され、家を基本単位とする戸籍制度が開始された。身分関係の届出や報告はすべて戸籍簿とは別に設けられた身分登記簿に記載されたが、それらの事項を戸籍簿に書き写すという手間のかかる制度だった。明治31年戸籍法により明治19年式は改正原戸籍として取り扱われた。
 大正4年(1915)1月1日に改正戸籍法が施行され、煩雑だった身分登記簿が廃止され、戸籍簿に一本化された。
 昭和23年(1948)1月1日には全面改正された戸籍法が施行された。基本単位が家から夫婦に変更され、戸主が廃止されて「筆頭者」が加えられた。華族や平民などの身分事項の記載は廃止された。戦争による混乱のため、実際に戸籍簿が改製されたのは昭和32年(1957)~昭和40年(1965)ごろになった。
 昭和27年(1952)の住民登録法施行により住民登録制度が開始され、住民票の作成が開始された。非定住民である山窩・家船は消滅した。昭和42年(1967)に住民登録法を改正した住民基本台帳法が施行され、戸籍とリンクした住民登録制度が開始された。
 昭和43年(1968)に被差別部落民かどうかを探り出すために壬申戸籍が用いられようとした事件が発生した。このため3月29日民事甲777号通達によって壬申戸籍は閲覧が禁止され、包装封印された。現在では各地方の法務局で厳重に保管されており、壬申戸籍の閲覧は不可能である。研究目的での閲覧許可を求める声もあり、壬申戸籍の情報公開を請求した事例が平成13年(2001)・平成16年(2004)に見受けられるが、いずれも却下されている。法務省の公式発表では壬申戸籍は廃棄したことになっているが、これらの情報が何らかのルートで流出しているという話もある。
 依然として結婚や就職時などには同和地区出身者・非嫡出子・父子家庭・母子家庭への偏見が根強く、本籍地や家族構成などの情報はプライバシーとして守るべきとの考え方も強くなってきている。当面、壬申戸籍は公開されないものと思われる。

テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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GHQが確認したルターの手紙

明治から平氏や藤原氏に閑院宮などの氏士族と本百姓に群がって苗床を荒し種籾をあさり五月蠅く憑纏い盗掘や略奪に文化破壊を行った族が生活保護法成立後に支給の有無に関らず行った家賃不払に歴史改竄の末に96年晩秋頃に行った出来事の真相を100条委員会で追及する活動をしませんか。

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Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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