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旧大宮市桜木町・3

 昭和20年(1945)4月、東京空襲を終えた米軍機が余った焼夷弾を大宮に投下した。駅や中心部は被害が少なかったが宮町(現在の大宮北銀座から一番街付近)が消失した。市は大規模空襲による中心地の壊滅を恐れて川越新道の店舗を強制疎開させた。このため通りは広くなったが、舗装していなかったので泥と砂埃がひどかった。終戦すると、代わって大宮中央通り沿いの大宮郵便局(現在の高島屋あたり)周辺などに闇市やバラック商店(トタン波板葺きの家屋)が並び、駅前商店街が形成された。大きな戦火を免れた大宮は交通の便がよかったことから商業地として注目され、各地の戦災復興が進むまで関東中から人と物が集まった。
 昭和22年(1947)、進駐軍が闇市・バラック街の撤去を命令し、駅前の再整備がはじまった。川越新道は舗装され、歩道と車道を分離した新しい商店街が形成された。銀座にあやかった「銀座通り」に名が変えられ、街路樹には柳が植えられた。昭和27年(1952)には歩道がアーケードで覆われた。
 第二次世界大戦後、西口には不法占拠していたバラック街から小規模な商店街や飲食店街が形成されたが、東口の賑わいには遠く及ばなかった。地元では西口を「どぶ板通り」と呼んでいた。
 市制施行時の大宮市の人口は約60,000人だったがその後も人の流入は著しく、宮原駅・日進駅・大和田駅周辺にも商店街が形成された。交通の要衝という地の利によって多くの消費者が集まり、商業都市の役割が強まっていった。
 昭和27年(1952)12月4日に国道9号は国道17号に改称した。国道・都道府県道の指定・改定によって旧中山道は国道から県道(埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線)に格下げされ、中山道は国道17号の本道となった。
 昭和30年(1955)1月1日に指扇・馬宮・植水・片柳・七里・春岡の6村と合併し、市域は2倍の88.85k㎡、人口144,482人と県下最大の都市になった。大宮市は東西に広い形をしていたので、「鳥が翼を広げたようだ」と呼ばれたこともあった。
 昭和35年(1960)、東口一帯で火災が発生したため、防火ビルの建設と東口の活性化が求められた。昭和37年(1962)に県内最初の地下街をもつ大一デパート(新共栄ビル)が地元資本で竣工したのをきっかけに大型店舗の進出がつづいた。昭和41年(1966)に駅前商店街とスーパー「オリンピック」が組んだ中央デパート、昭和42年(1967)10月3日に地元資本と東京名店街が組んだ大宮ステーションビルOSB(現ルミネ大宮1)が開業した。昭和43年(1968)に長崎屋、昭和44年(1969)に初の総合百貨店として西武百貨店、昭和45年(1970)に高島屋・十字屋(クロスティ)が進出した。これらは銀座通りなどと競合関係になったが、同時に周遊性が高まり、共存関係となった。東口は県下最大の商業地となり、銀座通りも東口の一角として繁栄を支えた。
 東口の中心地は大宮銀座通り周辺に移ったため、駅の南側の見晴らし通り商店街は飲食店が並ぶ繁華街になり、名前も「南銀座通り」と変えられた。この地の出身だった大宮市議会議員山崎嘉一が地域の繁栄を願って昭和30年代に名づけたもので、南銀通り・ナンギンの略称もよく知られている。駅前から南へ延びる南銀座通りを中心として、大宮中央通り・旧中山道・線路に囲まれた大宮区大門町1丁目・仲町1丁目・下町1丁目の区域一帯が南銀座と呼ばれる。割烹料理屋・クラブ・バーなどが並び、南銀座の狭い区域(約0.12k㎡)に東宝・東映・松竹各系列の映画館が計4館もあった。現在まで50年つづく歴史ある飲食店も少なくないが、昔からの商店街の住民は繁華街に変貌するとともに減り、現在ではこの地域に住んでいる人は少ない。
 昭和42年(1967)に吉野町インターから笹目橋、東京都練馬区への国道17号バイパスが開通する際、大宮市宮原町(現さいたま市北区)から鴻巣市箕田で「大宮バイパス」の名称が既に使用され、大宮以南の国道17号は旧中山道のバイパスであるなどの理由から、新しくできた道路は「新大宮バイパス」と命名された。
 昭和45年(1970)には下町に大型レジャー施設「ハタプラザ」が開業し、昭和46年(1971)には旧中山道と中央通りの交差点が県内初のスクランブル交差点になった。昭和49年(1974)に県内初の高層ビル「埼共連ビル(現・JA共済埼玉ビル)」(高さ50m・地上14階)が宮町に竣工した。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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