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船氏・3

 船氏の本拠地は河内国丹治郡中郷(羽曳野市西部)と思われる。東除川左岸の一津屋で「舩」の墨書土器が見つかったため、船氏は東除川のほとりで水の神を祀ったのかもしれない。
 東除川は江戸時代の大和川の流路変更までは北流して淀川に合流していた。7世紀初頭以後、富田林市西条町の河南橋北方の石川左岸から引水され、羽曳野市西浦・古市・高鷲地域を貫流する人工運河の古市大溝と結ばれていた。
 大阪湾の難波津は飛鳥王権にとって外交窓口だった。上町台地の東側一帯は河内湖という湖沼だったので、朝鮮半島・九州・四国・山陽道の各地からの王権への品々は難波津から陸路によらず河内湖-東除川-古市-大溝-石川を利用して運ばれたこともあっただろう。
 天平12年(740)の「正倉院文書」に「船連石立 年丗七河内国渋川郡竹渕郷…」とあり、伎人郷の東隣りに位置した竹渕郷に船連石立が住んでいたのがわかる。竹渕郷は平野川と東除川の合流地点で水上輸送の要地である。当時の水運業者にとって古大和川の主流は平野川であり、東除川→古市大溝→古市→竹内街道→大和(飛鳥・藤原・平城京)が主要ル-トだった。輸送物資の中継地が河内国古市で、古市に陸揚げされ倉庫に一時保管された物資の管理は蔵氏、物資を大和に陸送は馬氏が受けもっていたと考えられる。
 「続日本紀」によれば、古大和川水系では多くの洪水があり、そのたびに河川や堤防は寸断されて船に頼る輸送は途絶した。こうなると陸上輸送に切り替えられ、難波津に上がった物資は朱雀大路(難波大道)から長尾街道や竹内街道を利用して運ばれた。飛鳥京→藤原京→平城京と遷都したので、朱雀大路→磯歯津路→竜田道→平城京が主要ル-トになっていたと思われる。このル-トだと水上輸送は高井田(柏原市)あたりまで利用できる。聖武・孝謙天皇の平城京から難波への行幸路としてもこのル-トが度々利用されている。
 船連は馬氏と連携をとりながら活動していたと思われる。天皇の行幸となれば供奉の人数も数百名におよび、付随する荷物も大変な量になった。遷都・東大寺大仏建立と、資材の運搬に携わる者たちはずいぶんと忙しかっただろう。
 大和川を見おろす松岳山古墳(大阪府柏原市国分)からは江戸時代に「船王後墓誌」が見つかっている。松岳山古墳は4世紀後半に築造された前期前方後円墳で、大和川の南岸の丘陵にある。墳長は130mである。
 墓誌は長さ29.4cm、幅6.6cm、厚さ0.1cmの銅板で、表に古代渡来系官人の船王後の出自と経歴、裏には没年と埋葬の経緯が計162文字で刻まれている。
 「船氏の故王後首は、船氏の中祖、王智仁首の子、那沛故首の子である。他田宮に治天下天皇(敏達天皇)の世に生れ、豊浦宮に治天下天皇(推古天皇)の朝に仕え奉り、飛鳥宮に治天下天皇(舒明天皇)の朝に至る。……大仁の官位を賜い、第三品と為す。舒明天皇の末年(641)に逝去した。戊辰年(668)十二月、夫人の安理故能刀自と同墓にして松岡山の上に改葬し、大兄の刀羅古首の墓に並べて作った。即ち、安保万代の霊基、牢固永劫の宝地と為すものである」
 船王後は王辰爾の孫とされ、7世紀前半の推古朝から舒明朝にかけて飛鳥王権に仕え、聖徳太子が制定した冠位十二階の第三等にあたる大仁位に叙せられた官人である。船王後は舒明13年(641)に没した。天智7年(668)に夫人の安里故能刀自とともに河内国の松岳山に改葬されたと伝えられている。改葬の伝承が事実ならば、4世紀後半につくられた松岳山古墳ではなく、松岳山の中にある墓に夫婦で合葬されたことになり、墓から墓誌が出土したと考えられる。
 墓誌が歴史上重要な意味をもつのは、我が国で発見されている最も古い墓誌であること以上に、「治天下天皇」の文字が使われているためである。船王後を改葬した天智7年(668)に墓誌が埋められたのなら、史学会の通説である『「天皇」という君主号が使われるのは持統3年(689)に制定された飛鳥浄御原令以後』よりも20年近く遡ることになる。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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