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船氏・1

 鷺宮の早舩家に伝わっている話によると「祖先は大和の豪族・舟氏に発していて、いつのときか熊野に渡った(『鷺宮』)」ということで、上総国には関連性がなさそうである。ここでいう大和の舟氏とは、ヤマト王権の時代に大和川の舟運を管理していた船氏のことと思われる。
 船氏の祖先は百済の第14代貴須王(近仇首王)の孫にあたる辰孫王(知宗王)の後裔で、王辰爾とされている。延暦9年(790)7月の津連真道(菅野朝臣真道)の上表文によると、辰孫王は応神天皇の御代(270~310)に来朝したとされる。しかしこれほど古い渡来ではないと考えられており、辰孫王も王辰爾からつくられた名前に過ぎないと見られている。
 『日本書紀』欽明14年(553)7月条によると、蘇我大臣稲目宿禰(入鹿の曽祖父)が勅をうけたまわり、王辰爾を遣わして淀川を往来する船の貢(通行税)を記録した。この功績により王辰爾は船史の姓を与えられた。史とは文書・記録をつかさどってヤマト王権に奉仕した官人集団の称で、多くは渡来人の子孫である。この職名が姓となった。
 王辰爾が歴史の舞台に華々しく登場してきたいきさつが「烏羽の表」の故事として知られている。
 敏達元年(572)5月、高句麗からの使節が烏の羽根に書かれた国書を朝廷に提出した。日本の文化程度を計るため烏の羽に墨で逆文字をしたためて使者を送ったものだった。しかし書記を務める渡来系の官人は3日たっても誰一人解読できなかった。そんな中、王辰爾は中国の故事によせて羽根を炊飯の湯気で蒸した後、柔らかい上等な絹布に羽根を押しつけて文字を写し取り、読み解いた。王辰爾は天皇の激賞を受け、学識を高く評価されて殿中に近侍することを許されたという。
 これらの伝承は渡来系氏族である西文氏の王仁の伝説を真似てつくったもので、実際は王辰爾の代に新しく渡来した中国南朝系の百済人だろう。いずれにせよ王辰爾は蘇我氏に重用され、一族は船・津・葛井・白猪・菅野などの姓を得て発展していった。敏達3年(574)10月に辰爾の弟の牛が津史の姓を与えられている。船史は天武12年(683)に連姓も賜った。一族の白猪氏は養老4年(720)に葛井連と改姓し、津史は天平宝字2年(758)に津連となった。
 連はヤマト王権で使われていた姓で、家臣の中では最高位の一つに位置していた。早くからヤマト王権に直属していた有力氏族に与えられた姓と言われ、特殊な官職や職業を束ねる立場にあった。連の姓を名乗っていた有力な氏族には大伴氏や物部氏が居る。『日本書紀』などにおいては、連姓の多くは天皇家以外の神の子孫としている。
 ただ、船史だった全員が連姓になったわけではないようで、天平宝字2年(758)6月25日に船史が直姓を賜っている。
 延暦9年(790)、津連真道は百済王氏の口添えを得て菅野朝臣という氏姓を獲得し、翌年にはこれに倣い葛井連は葛井宿禰、津連の残ったものは津宿禰と中科宿禰に改姓した。船連は今道を初めとした8人が宮原宿禰を賜った。その後も船連を名乗りつづけた者もいるので、8人以外にも一族がいたと思われる。
 『三代実録』によれば貞観5年(863)8月9日に船連助道など男女6人が菅野朝臣を賜り、河内国丹比郡にいた船連貞直が御船宿祢を賜った。船連貞直は左兵衛権大志だったようだ。
 兵衛とは朝廷の官職で、天皇やその家族の近侍・護衛のために国造の子弟から選抜された舎人の機能を強化・拡充する形で天武天皇時代に成立したと言われている。大宝律令成立後、左右に分立した。従八位上相当の「大志」と従八位下相当の「少志」があり、四等官(長官・次官・判官・主典)のうちの主典に相当した。大内裏のうち、宣陽門・承明門・陰明門・玄輝門より外側で建春門・建礼門・宜秋門・朔平門の内側を担当した。天皇の護衛や内裏内における夜間の宿直など、宮廷の中枢部を担当して親衛隊のような役割を果たした。民衆から選ばれた衛士が反抗して天皇や内裏を攻撃しないように監視する役目も担い、行幸などの際には行列に加わった。「権」とは朝廷の官職で、正規の員数を越えて任命された「定員外の官人」の意味である。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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