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伊藤氏のルーツ・5

 祐時の11人の男子の子孫は、南北朝内乱期に足利方・宮方双方にわかれて活躍したが、宗家の祐持は足利尊氏に味方して各地を転戦した。尊氏が一旦逃れた日向国での不穏な動きを牽制するため、尊氏の要請で日向国に下向しとのこおり都於郡(宮崎県西都市都於郡町)に伊東氏の本城を築いた。子孫はこの地を拠点として繁衍した。室町・戦国時代には伊東氏48城として有名な南九州最大勢力の戦国大名伊東義祐の時代を現出し、江戸時代には日向国おび飫肥藩(宮崎県日南市飫肥)の藩主となった。
 伊東氏の所領は多く、祐時の子の代には次のものがあったとされている。

長男・祐朝        長門国三隅 山口県大津郡三隅町
       安芸国奴田 広島県
       奥州鞭指荘 不明
次男・祐盛        石見国        島根県
三男・祐綱        備前国三石 岡山県備前市三石
四男・祐明        伊勢国富田 三重県四日市市富田
       日向国田嶋 宮崎県
       日向国富田 宮崎県児湯郡新富町富田
五男・祐氏        播磨国長倉 兵庫県
       播磨国吉田 兵庫県神戸市兵庫区吉田町または洲本市五色町鮎原吉田
六男・祐光        鎌倉(宗家) 神奈川県鎌倉市
七男・祐景        日向国門川 宮崎県東臼杵郡門川町
八男・祐頼        日向国諸県郡木脇 宮崎県諸県郡国富町大字木脇
       日向国八代 宮崎県諸県郡国富町八代
九男・祐忠        石見国稲持 島根県
       石見国伏見 島根県
       石見国長岡 島根県
       石見国御対 島根県
       甲斐国横手 山梨県北杜市白州町横手
十男・鷺町主 肥後国松山鷺町 熊本県
十一男・伊東院主 紀伊国一の荘平領 和歌山県

 当時は側室を自由における時代だったとはいえ、祐時が男子だけで11人(女子を含めればそれ以上?)の子宝に恵まれたとは驚きで、しかもすべての領地を直系のみに相続させたことになる。しかしこれでは祐時に都合がよすぎる。常居寺(福島県片平町)には、息子が少なかった兄の祐時の頼みに応じて、弟の祐長が日向国の国富に与えられていた飛び地へ我が子を派遣したとの言い伝えが残されている。常居寺に伝えられているように、管理者には祐長の子が含まれていたとも考えられる。
 伊東宗家には家督問題があり、どのような事情・綱引きがあってか、祐時の家督は将軍家の沙汰によっ六男祐光にあたえられた。祐光から三代孫の祐持までは、宗家は鎌倉に居住して北条執権の中で要職にあった。地方には下向せず、代わりに多くの兄弟(庶子)が地方へ下向し豪族化した。
 安積伊東氏の元祖となったのは工藤祐経の次男で祐時の弟にあたる工藤(伊東)祐長である。祐長は『吾妻鏡』に見え、日向記に伊東薩摩元祖とある。後裔は奥州安積郡の領主として栄えた。

テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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