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前野村の小泉氏

 幕末から明治にかけて、前野村(現前野町)の名主に小泉杢右衛門がいた。『板橋区史通史編下巻』32頁には、明治7年(1874)1月に前野村の地券調べにあたり、年貢取り立てが不公平だとして29人の農民が連名で小泉杢右衛門ら5人を訴えたという記述がある。明治26年(1893)10月27日には「実業として長年農事を改良したので衆民の模範である」として表彰されている。
 前野町3-38-3には東熊野神社がある。創建年代は不詳だが、中世末ごろ、紀州熊野那智大社より勧請したと伝えられる。宮司は小泉氏で、昭和56年(1981)3月現在小泉勝太郎が宮司になっている。ここには安永2年(1773)の庚申塔があり、小泉五良兵衛・■■■・八五郎・藤右衛門の名がある。『新編武蔵風土記稿』によれば、東熊野神社の西500mにある西熊野神社とともに2社が前野村の鎮守で、常楽院持だったと伝えられている。西熊野神社は志村城山の熊野神社から分祠されたと口碑にある。志村城山の熊野神社は長久3年(1042)に紀州熊野よりこの地の豪族志村将監が勧請した。天喜年中(1053~57)に八幡太郎義家が奥州追討のため挙兵するにあたって、武運長久の祈願をこめて境内に八幡大神を奉斉したとも伝えられている。さらに康正2年(1456)千葉隠岐守信胤がこの地に城砦を築き居住するにあたり、城の守護神として社殿の改修、神地の奉献を行い、境内地を志村城二の丸に定めた。大永4年(1542)千葉信胤は小田原北条氏の北条氏綱によって滅ぼされたが、社は志村七ヵ村(志村・小豆沢・根葉・前野・中台・西台・蓮沼)の鎮守として住民に尊敬されていた。『新編武蔵風土記稿』の時代には志村と中台村のみの鎮守となっていたようだ。
 前野町4-20にある常楽院には元文元年(1736)~宝暦9年(1759)の地蔵菩薩がある。この施主は小泉三右衛門となっている。常楽院は東熊野神社の別当寺として室町時代末期に創建されたという。
 享保13年(1728)に蓮沼村は御鷹場に召し上げられ、代地として前野村・小豆沢村の内に300余石を分検された。このとき、徳丸村・四ツ葉村へ流れていった小泉氏と、替地となった前野村へ流れていった小泉氏とがあったのかもしれない。
 ただ、前野村の名主や東熊野神社の宮司を務める家柄だとすれば、草分け百姓か、室町末期に熊野神社を勧請したときに近畿からやってきた人と想像できる。前野村の記述は『小田原衆所領役帳』に記載されており、永禄2年(1559)には前野村に小泉氏が前野村に住んでいた可能性を示唆している。この小泉氏が繁栄し、一部が徳丸・四ツ葉へ移り住んだとみるのもあり得ない話ではないだろう。
 また、中宿28-5にある文殊院の文殊菩薩坐像の像内納入の修理文書には願主として小泉孝太良の名がある。安政3年(1856)の年代である(『板橋の仏像』)。
 宮本町54番の稲荷神社境内には寛政6年(1794)4月の庚申塔があり、小泉多吉・小泉平右衛門の名がある。宮本町は前野村の稲荷前・三ッ家と呼ばれていたところである。
 大原町40番の長徳寺境内には宝永7年(1710)の庚申塔があり、小泉勘■(判読不可)の名がある。大原町も元は小豆沢村・本蓮沼村・前野村のそれぞれの一部である。
 小豆沢2-5には元文4年(1739)11月の庚申塔があり、小泉与右衛門の名がある。
 赤塚6-40の大堂の境内には寛文2年(1662)の庚申塔があり、小泉藤七郎の名がある。
 徳丸7-19には正徳2年(1712)の庚申塔があり、小泉市兵衛と榎本五郎兵衛の名がある。
 徳丸6-53には文久2年(1862)の庚申塔があり、小泉秀吉・勘五郎・佐一の名がある。
 『山形県羽黒町出羽三山宿坊勝木坊文書』の「月山・湯殿山・羽黒山三所大権現御祈祷帳」によれば、寛保2年(1742)6月7日に前野村の小泉源右衛門、宝暦10年(1760)7月12日に小泉次郎左衛門、明和6年(1769)6月27日に小泉杢右衛門、天明元年(1781)7月25日に小泉三左衛門の名がある。また、正徳元年(1711)6月21日には徳丸村の浅右衛門の名がある。
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日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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