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氏・姓・名字・苗字・6

 亨和元年(1801)7月に苗字帯刀の禁令が出され、苗字・帯刀は武士の特権とされ、名主など特別な旧家を除いて平民は苗字を名乗ることを禁止された。これをもって「江戸時代の庶民には苗字がなかった」と語られることがあるが、庶民にも血縁共同体の家があり、それを表す名もあった。
 先祖が武家で後に平民となった場合に先祖伝来の苗字が受け継がれることもあった。商人はしばしば私称として屋号をつかった。魚や野菜などの食べ物、土地にちなんだ苗字が多く見られるのもこのためである。
 私称の苗字は寺の過去帳や農村の古文書などで確認できる。全国各地の寺院の寄進帳には村のすべての農民が苗字を記入している例も多く、小作人も苗字をもっていたという文献もたくさん残っている。ただ苗字は公的な場で名乗れなかった。
 苗字が公式につかえなくなると、代わりに庶民は代々同一の通名を襲名して家格を表現した。通名とは人名において代々の当主が襲名する通称で「七兵衛」「吉右衛門」などがあたる。商家における屋号も苗字と同様の役割を果たし、屋号と通名を合わせた名称(「近江屋吉右衛門」など)が公式の名乗りとなった。
 江戸時代後半、深刻な財政難となった諸藩は農民から献金を求めた。文久3年(1863)に戸田松本藩が献金のための規定を作成し、献金の金額により栄誉を授与した。中には40両で苗字、100両で帯刀、500両で子孫苗字独御礼、1,000両で子孫苗字といった内容もあった。
 日常的な呼称として名字は生まれたが、正式な名称として氏や姓がなくなったわけではなく、特に氏は先祖の家柄を示すものとして重要な意味をもった。朝廷では公文書には名字をつかわなかった。朝廷にとって天皇が下賜した氏姓を用いつづけることは権威維持の重要な手段だった。そのため徳川幕府でも朝廷との文書にだけは氏姓をつかった。時代が下るにつれて氏は朝廷から官位を貰うときなどに使用が限られ、機会をもたない一般の武士は氏への意識が低くなった。江戸幕府が編纂した系図集を見ると旗本でも氏不明の家が散見される。庶民でも朝廷に仕えるときは源平藤原といった適切な氏を名乗るものとされた。一部の学者が趣味・擬古で名乗ることもあった。明治政府も最初の何年かはこの方針を維持したので、伊藤博文が越智宿禰博文、大隈重信が菅原朝臣重信、鍋島直正が源朝臣直正、大久保利通が藤原朝臣利通、大村益次郎が藤原朝臣永敏などと署名している。
 幕末になると苗字・帯刀の統制が崩壊し、明治3年(1870)9月19日に平民苗字許可令が布告されて平民も苗字をつけられるようになった。庶民が苗字の公称を禁じられていたのは苗字帯刀の禁令からの69年間だったとも言われる。しかし苗字をつけることで税金が増えるとの噂も広がり、明治4年(1871)の戸籍法、明治5年(1872)の登録後の改名禁止、明治6年(1873)の徴兵令などが追い討ちをかけ、苗字への不信感が募った。苗字は庶民になかなか定着しなかった。
 明治2年(1869)7月以降、武家政権から天皇親政に戻ったため、一時、苗字を副次的なものとして、氏を名乗ることとした時期もあった。しかし公家出身者はほとんどが藤原姓、武家出身者はほとんどが源姓など、源平藤橘で84.6%となった。個人名として機能しなかったためか明治4年(1871)10月12日には姓尸不称令が出され、公的に氏を名乗らなくなった。氏・姓は用語も混乱していたが姓尸不称令で氏(本姓)は「姓」、名字は「苗字」、姓は「尸」と分類された。
 明治8年(1875)2月13日の平民苗字必称義務令と明治31年(1898)公布の明治民法によってすべての日本人が苗字を家名として固定化することが定められた。これにより氏姓・苗字が完全に分離・廃止され、以降家名は1つの苗字のみとなった。平民苗字必称義務令公布の日にちなんで2月13日は「苗字制定記念日・名字の日」となっている。
 苗字必称義務令の際には江戸時代までにつけられた家の名称を苗字とする者が多かった。庶民が苗字をもっておらず苗字必称義務令の際に適当に苗字をつくったのであれば、地域によって苗字の分布に偏りが出るのは奇妙である。事実、最も同姓人口が多い「佐藤」は東北地方に集中し、任意につけられた苗字は地域による偏りがみられない。
 しかし現代の苗字が武家や公家と同じだからといって必ずしも子孫とはいえない。明治以前の苗字は先祖伝来の名を名乗るとは限らず、地元の有力者に倣って苗字を変える者などがおり、血のつながりとは無関係に同じ集落の家の苗字がみな同じということも起こった。一部では自分の苗字がわからないため僧侶や名主などに頼んで適当につけてもらったり、自分で名字を創作して名乗ることもあった。苗字の多くは正確な由来を追跡するのが難しい。
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テーマ : 日本文化 - ジャンル : 学問・文化・芸術



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Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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