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野火止・4

【菅沢村】神奈川県横浜市鶴見区
 武蔵国橘樹郡にあった村。鎌倉時代には鶴岡八幡宮の社領で、鶴見郷または大山郷と呼ばれた地域である。小泉次大夫によって二ヶ領用水が慶長16年(1611)に完成すると新田開発が進んだ。『横浜市史』第1巻によれば、正保~慶安期(1644~51ごろ)の村高は195.029石、元禄15年(1702)~天保8年(1837)は210.931石、慶応2年(1866)~明治3年(1870)は211.792石だった。
 人口は天保8年(1837)には28戸125人、慶応2年(1866)には25戸148人、明治3年(1870)には25戸126人と大幅な推移はない。
 明治22年(1889)4月1日に潮田村・市場村・矢向村・江ケ崎村・小野新田と合併して町田村となる。大正12年(1923)4月1日に潮田町に改称し、大正14年(1925)4月1日に鶴見町に編入、昭和2年(1927)4月1日に横浜市に編入して現在に至る。
 菅沢村の名主は関口伝左衛門とされ、宝暦10年(1760)が初出である。『横浜市史稿 仏寺編』によれば宝泉寺(神奈川県横浜市鶴見区菅沢町15-24)の開基は関口氏の祖とされている。しかし『横浜市史』第1巻によれば関口氏は明治期に没落した。
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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術



プロフィール

asagiri

Author:asagiri
日本人の名前のルーツを探ることで日本の歴史を違う角度から見ることができます。家系図づくりをしている人・一族のルーツの探し方がわからない人・祖先の古いお墓がある人はもちろん、自分の名字・姓・氏の由来を知りたい人、家紋や戸籍謄本(除籍謄本)に興味がある人、先祖が武士か農民か知りたい人、珍名・奇名など珍しい苗字を探している人、明治時代好きの人も読んでみてくださいね。家族や親戚との話のネタにもなります。他人の名字でも起源を調べると面白いことがたくさん出てきますよ。調べ尽くしたら苗字研究家に転職できるかも? 苗字の歴史って楽しいです。異説・新情報がありましたら教えてください。

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